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宇都宮城の抜け穴 宇都宮市から西へ4キロ程の大谷町で陥没事故があり、全国的に知れわたってしまいましたが、それ以前、昭和47年に市内で道路の陥没事故がありました。「もしかしたら、宇都宮城の地下道ではないか?」との噂が流れました。 市内の数カ所から「不審な抜け穴」が発見がされ、いずれも元藩士の屋敷跡から穴が発見されて、大寛町、材木町、旧三条町、松が峰など数カ所から抜け穴と断定できるものが確認されています。
誰が掘ったかということになりますと、推測ですが、釣り天井の主人公、本多正純だろうといわれております。おそらく、元和6年(1620)から7年にかけての工事だろうと推測されます。城側の抜け穴は、おそらく二の丸奥御殿か、南に面した庭ではないかといわれております。
【間道の様子】
では、抜け穴「間道」はどのようになっていたかと云いますと、横幅が1メートル、高さが1.5メートルほどの穴で、10メートルほどの間隔で両側に待避所を設け、手燭を置く台があり、さらに100メートル毎におどり場を設けて、要所、要所に、二股にわかれる迷路を作ったっのではないかと云われております。
さらに巧妙なのは、出口付近には、お堂などを先に建てておいて、その後に縁の下を垂直に掘り下げ出口をカモフラージュしたと思われます。 勿論、極秘のために、図面は残されておりませんし、ごく限られた人数のため、その目的などは謎につつまれ、今となっては推測するしかありません。
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